松戸市の在宅医療の現状と今回医療保険改定に関して 「千葉県医師会雑誌」06年6月号より

松戸市の在宅医療の現状と今回医療保険改定に関して      

2006年6月30日 松戸市在宅ケア委員会委員  堂垂伸治

(以下の文章は「千葉県医師会雑誌」06年6月号に掲載したものです)


 松戸市医師会在宅ケア委員会では、平成18年2月に「在宅ケアの現状に関するアンケート調査」を行い、松戸市内の在宅死や末期がんの在宅ケアの現状を詳細に調査しました。他の医師会活動の参考のためここに報告します。 

 アンケートは、松戸市内で在宅医療に関わる87の医療機関(12病院、75診療所)を対象としました。松戸市内の在宅医療に関わる医療機関の殆ど全てから回答が得られ、極めて信頼性の高い結果と考えています。以下にその結果を列挙します。(文中の「前回調査」とは、約1年半前の平成16年7月に行った同様の調査です。)

 

<アンケート調査結果> 

① 松戸市には現在17病院、225診療所がありますが、そのうち64の医療機関(7病院、57診療所)が何らかの形で在宅医療を行っていました。

 

② 在宅死を対象とされている医療機関は34、対象とされていない数は53でした。在宅死を対象とされている医療機関数は前回調査と同じでした。

 

③ 看取りを24時間体制で行っている医療機関は24でした。②の在宅死を対象としていた34より10減少しており常時の「24時間体制を宣言する」困難さを示していると思われます。

 

④ がんの終末期の患者さんに訪問診療を行っている所は22で、「場合によって行っている」所は16でした。これらは前回調査より増加しています。

 

⑤ 平成17年1年間に医療機関が看取った在宅死の患者数は総計237人でした。うち、がん患者さんの人数は120人でした。1医療機関あたり看取り人数の最大数は60人で、以下36人、28人、26人、11人・・でした。  単独または極めて少人数でやっておられる医療機関が、96人=41%を看取っておられ現場の献身的な努力が伺われました。  平成17年に、在宅死を実際に行った医療機関数は32でした。②で「在宅死を扱わない」と回答されたところでも、5医療機関が在宅死に対応されていました。また「在宅死が1人ないし2人だけ」と回答されたところが20で、患者数は24人(総数の1割)でした。「在宅死医療を宣言していない」医療機関が日常診療の経過の中で、実際には患者さんを在宅で看取っておられることが判明しました。

 

⑥ 回答された医療機関で在宅ケアに関わられている医師総数は97人、平均1.8人した。この人数は前回調査と同数で「在宅医療に関わる医師数」は増加していませんでした。単独(1人)で対応されている医療機関が 31あり、やはり各先生方のご苦労・ご負担が推測されました。

 

⑦ 64医療機関で、平成18年1月時点で在宅医療の患者総数は約1520人でした。うち施設入所者数は521人でした。したがって「純粋な在宅ケア」の対象者数は約1000人ということになります。

 

⑧ 患者数の多い上位10医療機関で計約1160人(全体の76%)を担当しております。三つの医療機関が数人の医師で組織的な対応をされ200人程度の患者さんを対象とされておりましたが、統計的な中央値は6人でした。7病院が担当している患者数は303人(20%)でした。  在宅医療の患者総数は、平成15年8月調査では53医療機関で約1200人(上位10医療機関で計約840人)、平成16年7月調査では1320人でしたので、患者数は着実に増加しかつさらに「集中化」・「専門化」が進行していることが示されました。

 

⑨ 今回、病院から末期がんの患者さんを受け入れる「在宅緩和ケア可能な診療所一覧」を作る場合に、医師 会ホームページや病院・ケアマネジャーなどに公表して構わないかを質問しました。これに同意された医療機関は25で、「公表を希望しない」は23でした。

 

<今回医療保険改定の問題点> 

 松戸市(人口約47万人)の平成17年死亡総数は2778人、がんの死亡総数は959人です。上記のように松戸市では市民に比較的恵まれた在宅医療の環境を提供しています。しかしそれでも(対象年が異なり、他に医師の診断書なしで在宅死されている方もおられますが)在宅死の率は8.5%、がんの在宅死の率が12.5%と未だ低率です。

 

  今回の医療保険改定で、「在宅療養支援診療所」なる概念が登場しました。24時間往診と訪問看護可能・在宅死の人数報告の義務等々から成り立ち、他方、この資格をとらない診療所の在宅医療に対してはこれまでより切り下げるものです。記載したごとく在宅死の4割が「一般開業医」の献身的な努力で支えられており、こうした努力を「保険点数上切り捨てる改悪」と感じております。

 

  これまでの医療保険では「24時間連携体制」という概念で、「在宅医療に携わる医師は、患家と24時間の連絡体制を確保する」というものでした。日中の連絡体制および夜間は携帯電話を携え待機するというもので、患者さんや家族の方と相互の了解の下、在宅医療や在宅死に対処してきました。私自身例えば外来中に患者さんが亡くなった場合、「少しお待ちください」と無理を言い、外来終了次第あたふたと訪問したこともあります。全国では、当地の調査と同様に在宅死の4割あるいは多分それ以上が「暗黙の了解」のもと、理解ある一般診療所の犠牲的な精神で支えられてきたと思います。

 

  当然ながら、「一人診療所」は日中通常の外来業務を行っています。夜間休まなければ翌日の仕事に支障を来たすのは一般労働者と同様です。翌日の診療で医療ミスを起こす危険もあります。これでは今まで善意でがんばり年間1人ないし2人の在宅死を看取ってきた一般診療所は、この資格をとるリスクを避け逡巡・萎縮し在宅医療からの撤退を考えるのではないでしょうか。

 

  複数の医師をこの「24時間往診体制」のために待機しているところは現状ではむしろ例外的といえます。そのような機関も正真正銘の24時間往診体制を確保するとすれば、医師の確保も困難でコストもかさみ、いずれは今後の改定で厚生労働省得意の「はしごをはずされる」恐れもあります。さらに、「在宅診療所勤務医の労働基準法違反」の可能性も出てきます。

 

  何よりも地域でプライマリ・ケアを担当する医師は包括的・継続的医療を念頭に置き、地域で面として対応しています。自分が長期にわたって管理してきた患者さんが不幸にしてがんと判明した場合の看取りや、長期管理してきた患者さんからその家族の在宅での看取りを依頼されるケースもあります。

 

  当該地域で在宅死まで対応してきた「良心的診療所」の努力を評価せず、「在宅医療に携わる医師」に一層の「労働強化」を強い、「在宅専門医療」のみを評価する今回の医療保険改定は、在宅医療の幅広い進展に寄与しないと感じます。厚生労働省が本当に「在宅医療を推進したい」と考えているのなら、「在宅療養支援診療所の要件を満たさない場合」でも、「通常診療重視かつ在宅医療も行う群」には、これまでの「在総診」・「24時間連携加算」の制度を残しておくべきだったと考えます。

 

  さらに、この在宅療養診療所の資格を得ると、在宅死に立ち会った際は「ターミナルケア加算」として11200点が算定可能といいます。これはこれまでは1200点でした。夜間や早朝に疲れた身体にむち打って出かけたものですが、その対価の報酬としては全体の経過の中では妥当なものかと感じていました。今回の保険点数は余りに法外な設定ではないでしょうか?今後は同じ医療行為を行っても「在宅療養支援診療所」と「一般の看取り」では10倍の「格差」を生ずるというのは、どう考えても奇異に写ります。